ネットで日本人の0.7%(87.5万人)がセリアック病というデータが独り歩きしていますが、はたしてそんなにいるのでしょうか。
今回は数値を見ながら検証していきます。結論から言うと、そんなにいないんじゃないかな?というお話です。
あくまで日本人にはどれくらいいるのかな?という数値的な話ですので、セリアック病がどのような病気なのか、どのような症状が出るのかといった情報はしかるべき医療機関などのデータを参考にしてください。
元となったデータ
ネットで色々と情報が錯綜していますが、殆どのサイトでは2006年の信州大学の以下の報告が元となっているようです。
******
本邦におけるセリアック病の頻度に関する検討(source)
背景:セリアック病(Celiacdisease;CD)は,麦類に対する腸管アレルギー疾患である.主な症状は下痢であるが,鉄欠乏性貧血,骨粗鬆症,糖尿病などが合併し,悪性リンパ腫などの悪性疾患のリスクを高めるとされている.欧米では罹患率が約1%であるが,本邦では症例報告が見られるのみである.
目的:本邦におけるCDの罹患率を検討するために,当科患者においてスクリーニング検査を行った
対象:内科疾患患者719例,健常者コントロール95例
方法:血清中抗トランスグルタミナーゼIgA抗体(TTGIgA)を測定し,陽性患者を十二指腸または小腸生検により病理学的に検討した
結果:TTGIgA陽性は20例(2%)で,そのうち典型的な消化器症状を来たした臨床的CDは5例(全体の0,7%)であった,男性5例,女性0例,平均年齢53,8才で,1例が生存中で平均生存期間は52ヶ月であった.そのうち2例は内視鏡的にCDと確認された.TTGIgA陰性例にはCD症例はなかった,CD患者中悪性リンパ腫が2例認められた.健常者コントロールにはTTGIgA陽性例はなかった
結語:TTGIgAはわが国でもCDのスクリーニングに有用であった.グルテン過敏症に対する感度は100%,特異度は97%であった,内科受診患者の中にCD患者が存在した
******
データの検証
この報告では日本人の0.7%がセリアック病だとは報告していません。目的に「本邦におけるCDの罹患率を検討するため」とは書かれていますが、「日本人のセリアック病の数」は推計していません。
分かりやすくまとめてみましょう。
検査対象:
内科疾患患者 719人
健常者 95人
結果:
内科疾患患者 719人中5人(0.7%)がセリアック病
健常者 95人中0人(0.0%)がセリアック病
セリアック病とみられる5人のうち、全員が男性で、平均年齢は53.8歳。
ポイント1:調査の対象が「日本人」ではなく「内科疾患患者の日本人」
ポイントは「内科に受診している719人の日本人」に検査を行ったという点です。
この数値は「日本人の内科疾患患者の中のセリアック病の割合」としては意義のある数値ですが、日本人のセリアック病の数をはかりたいなら健常者・病気の方含めて無作為にサンプルを抽出すべきです。
この数値から日本人の0.7%がセリアック病だと言うなら日本人が全員内科疾患患者ということになってしまいます。なお報告にもあるように、比較対象である健常者95人にセリアックの症状は認められなかったようです。この報告のみを参考に「日本人の0.7%がセリアック病」と言う方の理論を借りると「健常者95人にセリアック病の人は0人だったので、日本人の健常者の中にセリアック病はいない」となってしまいます。
ポイント2:サンプル数が少ない
仮に無作為にサンプリングされていたとしても、日本人の何%と言うには標本数が少ないため、一人あたりの誤差が大きくなってしまいます。
検査時の2006年の日本人の人口である1億2777万人で計算すると
この報告だと5人で以下のようになりますが、
5人/719人(0.695%)=88.8万人
たまたま2人少ない場合
3人/719人(0.417%)=53.2万人
たまたま2人多い場合
7人/719人(0.973%)=124.3万人
となり、1人当りの誤差が大きくなってしまいます。
サンプル数の比較対象として、例えばノルウェーのセリアック病に関する研究ですとサンプルを82,167人集めてます。
Early Feeding and Risk of Celiac Disease in a Prospective Birth Cohort
ただまあこれは日本ではセリアック病はそれほど問題になっていないので、わざわざ大量の人を集めて検査する必要が無いという事情があるため仕方がないでしょう。
じゃあ日本人のセリアック病の割合はどれくらいなの?
では実際の数字はどれほどでしょうか?結論から言うと正確な数値は不明です。
日本人も含むアジア人が多数住んでいるアメリカの研究ですと、有色人種のアメリカ人(アフリカ系・ヒスパニック・アジア系)の236人に1人(0.42%)がセリアック病とあります。しかしサンプル13,145人中94%が白人、黒人が3%、ヒスパニック1.5%、アジア人1%ということですので、アジア人のサンプルは約130人と少なすぎますし、有色人種というくくりでくくられているためあまり参考にはならなさそうでした。
Prevalence of Celiac Disease in At-Risk and Not-At-Risk Groups in the United States
日本では信州大学の報告以外まだ有効な調査はされていないため、多数の健常者を含めた統計データはありません。ただ先ほどのデータからある程度の精度で推定することはできそうです。
信州大学の報告を元に考えると、内科に通ってる人の0.7%がセリアック病です。
(サンプル数が少ないまま計算するのは他にデータがなく仕方がないので突っ込まないでください。)
( 内科疾患患者の日本人 × 0.7% ) + 潜在的な健常者 = 日本のセリアック病数
でざっくりとした数値は出そうですが、日本での内科疾患患者の数が不明なため出せません。
厚生労働省の統計もありますが、おそらく再診や別の病院への来院なども+1人でカウントしており一意ではないため、参考になりそうな数値はありませんでした。また内科にもいろいろ種類がありますからね。
仮に人口の100人に1人が内科疾患患者だと考えると
(1億2700万 * 1%) * 0.7% = 8,890人+ α(潜在的な健常者)
となります。
日本人の50人に1人が内科疾患患者だと考えると17,780人+αです。
他のサイトが提示している日本人の80万人や100万人がセリアック病という数よりは大分少ないようです。
また信州大学の報告にある5例も全員男性で平均年齢高めですので、若い女性はあまり心配する必要は無さそうです。
もし小麦を食べて明示的に体調が悪くなるようであれば、セリアック病より小麦アレルギーなどを懸念したほうが良いかもしれません。
まとめ
いかがでしたか?
ネットで独り歩きしている数よりは少なそうですが、日本人の中でもセリアック病の方ははっきりと存在はするので、もし症状があるレベルなのであればしかるべき医療機関に行きましょう。
今回は信州大学の報告を元に数値をたてましたが、内科という定義も曖昧なままの推計ですので、より正確な調査がされると良いですね。